和紙の里を訪ねて  〜埼玉県秩父郡東秩父村〜
 平成14年10月6日(日)、新戸大凧保存会会員ほか一行8人は、車2台に分乗して和紙の原産地、埼玉県秩父郡東秩父村大字御堂441「東秩父村和紙の里」を訪れた。
 新戸大凧保存会で製作する大凧の紙は、東秩父村と隣接する同県比企郡小川町の「細川紙」を永年使用しているが、同町と同様に手漉き和紙の「細川紙」を伝統産業とする東秩父村もまた、ゆかりの深い地である。
 特に、今回の訪問は平成15年4月にオープン予定の相模原市立大凧センターに展示予定の大凧製作に係る和紙の選定と調達を目的としたものであった。

ここ「細川紙」の原産地は、埼玉県のほぼ中央部に位置する比企郡小川町と秩父郡東秩父村を中心とした地で、緑豊かな外秩父の山々に囲まれた盆地である。その山あいを槻川や兜川が流れ、中世では鎌倉と上州とを結ぶ鎌倉街道の要衝の地として栄えたところである。また、歴史を秘めてたたずむ史跡や往時の面影をとどめる町並みなど、その風情から、いつしか「武蔵の小京都」と呼ばれ、あかり窓の広い紙漉き屋のたたずまいは情緒ある雰囲気を醸し出していたそうだ。

 この地の和紙の起源は古く、一説には約千三百年前とも言われ、当時の武蔵の国には高麗の帰化人が多く、彼らによって武蔵の紙は広められ、手漉きの技術をもたらしたのがこの地の和紙の始まりだとも言われている。このように、和紙は二世紀頃中国で発明され、朝鮮を経て、七世紀の初めに日本に伝えられたと言われており、この地に「高麗(こま)」や「越生(おごせ)」といった朝鮮半島をイメージさせるような地名が残っていることも、古き時代に多くの高麗の人々が生活をしていたことを偲ばせる。
         
 七世紀初頭に日本に伝えられたと言われる和紙。その後、さらに研究改良され奈良時代には、日本独特の手漉き和紙の製法が確立され、各地に広がったと伝えられている。その和紙の産地は、北は北海道から南は沖縄まで津々浦々に分布している。

 関東地方をみても、栃木県では那須郡鳥山町の鳥山紙、茨城県では那珂郡山方町の西ノ内紙、群馬県は桐生市の桐生紙が、そして、今回訪れた埼玉県では秩父郡東秩父村と比企郡小川町の細川紙がある。これ以外の近県では、山梨県南巨摩郡中富町の西島紙、中巨摩郡市川大門町の市川大門紙が、また、静岡県にも富士郡芝川町の裾野紙などがある。しかし、本県を含み東京都、千葉県には、その産地をみることはできない。

 このように、全国各地に広がった手漉き和紙は、多くの寺で写経用紙、経巻紙として重宝されていたが、江戸時代に入ると紙の需用が増え始め、紙漉きが産業として栄えるようになってきた。

 埼玉県東秩父や小川を中心とした槻川流域の村々でも、江戸時代後期の享保の頃から明治の初期にかけて、障子紙や大黒帳などの各種用紙類としての需用が増え始め、紙漉き戸数が近在併せて800戸にも及ぶ盛況をみせ、和紙の紙干しが好天気に恵まれると「ぴっかり千両(天気が良いと千両儲かるの意)」と喜ばれたほど当時の景況振りが伺える。やがて、この地の手漉き和紙は「細川紙」の名で全国的に知られるようになる。

 一般的に、和紙の主原料は楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の樹皮である。正確には表皮の一枚裏側にある靭皮(じんぴ)と呼ばれる部分から繊維を取り出して紙に加工するが、この靭皮繊維は木材繊維に比べて、長くて、丈夫であるという。
 「細川紙」の原料は「楮」のみで、粘液として黄蜀葵(トロロアオイ)を使用し紙加工されたものである。原料である「楮」はクワ科の落葉低木で、産地は全国に分布しているが、陽性植物で強い日照りを好むため、暖かい南面の傾斜地が栽培に適しているという。

 梅雨前後の雨が生育に大きく影響するため、多雨や強風は枝同士が擦れ合い靭皮を痛めるため、なるべく風当たりの少ないところで栽培されているという。しかし、東秩父村では、近年、「楮」の栽培も地場だけでは難しく、今では茨城県大子町から一部「那須楮」を取り入れているという。
 「楮」の切り出しは、水分が少なく、皮の厚い12月から1月にかけて行われ、皮を剥いで原料としているそうだ。特に、「楮」の繊維は太くて長く(10〜15ミリ)、非常に強靭で繊維が絡み合う性質があるため、強度を要求する和紙の代表的な原料であるそうだ。

 和紙の技術的特徴は「紙漉き」にある。これは紙漉きのときにトロロアオイやノリウツギなどの植物から採取される透明の粘液(トロロ)を混入することによって生まれた技法であり、紙漉きによる効果が、また和紙の紙質的特徴でもある。その始まりは奈良時代頃まで遡ると言われている。 「細川紙」がトロロとして使用しているトロロアオイ(黄蜀葵)は、その根に非常に強い粘液をもち、手漉き和紙にはなくてはならないもので、ほぼ全国的に使用されている。

 トロロアオイ(黄蜀葵)は、アオイ科の一年草で草丈は1〜2メートルになり、晩夏には大輪の淡黄色の見事な花を咲かせる。この根を砕くと強い粘性液「トロロ」がとれ、このトロロが水中の繊維を均等に分散して浮遊させ、沈殿しにくくして漉きやすくする効能をもつ。また、紙料液が簀(す)のひごの間から漏出するのを防ぐため、簀のうえで繊維をよく絡ませる効果を発揮し、そして、トロロは時間がたつと姿を消し、あとに不純物を残さない利点があり、このトロロの効果が世界最高の紙、「和紙」を生む技術を確立させた所以である。

◆ 和紙の製造行程 ◆
1 刈り取り  楮は11月下旬から1月にかけて刈り取る。2年以上経過した楮は繊維が硬く、節なども多いことから、良い和紙はできないいため、必ず1年ものを使う。
2 楮ひき  蒸気蒸しと皮をむく作業のことで、刈り取った楮を一定の長さに揃え、こうぞ桶をかぶせて蒸し、その後、さめないうちに手早く黒い薄皮を剥き取り、白皮のみにする作業で、これを剥皮(はくひ)ともいう。
3 楮 煮  楮皮のアルカリ煮沸で、煮熟(しゃじゅく)とも言い、大きな釜にむいた白皮を入れ、ソーダ灰又は木灰で柔らかくなるまで2〜3時間かけて煮る。
4 楮さらし   灰汁抜きとちりとり作業のことで、煮て柔らかくした白皮に残っているゴミやキズを一本一本取り除き、水と日光で自然に白くなるように晒す。
5 楮打ち  繊維の離解分散作業で、ちりとりをした白皮を木槌で叩いて、細かく繊維をほぐす。
6 紙漉き  細かくほぐした紙料と水、トロロアオイの根の粘液(紙料を水中で均等に分散させる働きがある)をよく混ぜ合わせて、簀桁(すけた)で一枚一枚漉き上げる。
7 かんだしぼり  湿紙層の圧搾脱水のことで、一枚一枚漉き上げた紙を積み重ね(紙床・しと)、これを上から圧力をかけて水を搾り出す。
8 紙干し  乾燥させることで、干し板(栃や松の木など)に圧搾した紙を一枚一枚ていねいに刷毛を使って張りつけ、日光で乾燥させる。
9 紙そろい  乾燥させた紙を一枚一枚光に透かして、厚さや色の違いや傷などを丹念に見て分類・選別をし、1帖48枚に仕切りを入れる。
10 裁 断  選別した和紙を、用途に合ったサイズに包丁で切る。
11 紙つくり  選別した紙は20帖(960枚)1束とし、6束を1俵に荷造りして出荷する。紙は普通「1枚・2枚」と数え、出荷するときの単位は「帖」「束」などと数える。また、和紙の厚さを表すには、「何ミリの紙」とは言わず、「何匁の紙」と言う。細川紙の場合は、二三判(2×3尺)よりやや大きめの63cm×94cmの重さ(長さ)が基準となっているようだ。

紙干し 裁断 紙つくり 荷造り

◆ 和紙の特徴 ◆

 和紙の長所のひとつに、通気性、透光性、伸縮性があげられる。
1 通気性  長い植物繊維で絡み合い、結合しているので細かい隙間があり、これが通気性にすぐれ、障子に和紙を使い、外気を感じさせている。
2 透光性  和紙の隙間は光をも通し、その光は繊維によって屈折され、とても柔らかい光になる。
3 伸縮性  和紙の繊維は非常に長いので、湿らせて紙を伸ばしてやることができ、石碑などの拓本を取る湿拓技法は和紙を伸ばすことで可能となる。また、障子紙を張り替えた後に霧吹きで水をかけてやると、やがて和紙は乾燥しパンパンに張という、伸縮性に富んでいる。逆に短所は、植物繊維からできているため燃えやすく、水分を吸収しやすいうえ、破れやすいという水に弱い点がある。

 千三百有余年の歴史をもち、厳しい寒さと清らかな水が生み出す芸術品であるこの地の「手漉き和紙」、先人達の弛まぬ努力と都心に比較的近いといった地理的条件、さらに原材料となる資源が豊富だったことが、伝統工芸の永い歴史を物語っていると感じる。 そして、この「細川紙」と言われる楮紙(こうぞし)は、独特の技術と丈夫で素朴な資質が賞賛され、岐阜県美濃市の本美濃紙と島根県那賀郡三隅町の石州半紙とともに日本三大和紙として国の「重要無形文化財」の指定を受けるようになった。 しかし、和紙づくりは厳しい寒さと冷たい水で質の良い紙ができ、朝早くから夜遅くまでの根気のいる仕事と言われ、今では紙漉き戸数も近在で20数軒と言われ、伝統産業の衰退を憂えるようになってきているという。

 ♪♪ いやだ いやだよ紙漉きはいやだ 夜づめ 早起き 水仕事 月は傾く夜はしんしんと ふけてまだ打つ紙キヌタ・・…漉いた儲けはカンダのようにみんな問屋にしぼられる・・…♪♪

 折から時代の流れは生活様式の変化や紙需要も洋紙などに押され、さらには我が国の経済・産業構造の激変から若い後継者は他の産業に流失し、その存続さえ危ぶまれる事態となり、今では、つらい作業の合間に唄われていた「紙漉き唄」を耳にすることもないようだ。

 
<2002年10月 文責:新戸大凧保存会 幟川泰夫、写真:新戸大凧保存会 内泰夫>

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